2000 SPRING vol.61
(H老人/本名不明。
 雑誌『GOLF』の1934年9月号で発表された
 里見史郎さんのコラム「聖球(ごるふ)」に登場した人物)

文:杉山 通敬 / 画:渡辺 隆司
 H老人の本名は分からない。調べものをしていて、1934年9月号の『GOLF』をめくっていたら、里見史郎という退役軍人が「聖球(ごるふ)」というコラムを書いており、そのタイトルにひきずられて読んだところ、思わず膝を打ったのである。それは概略、次のような内容であった。

 H老人は柔剣道の心得はあるが、外来スポーツはやらない。ある日のこと、当代一のゴルファーといわれるR氏に伴われて、トーナメント観戦に出向いた。H老人はゴルフ門外漢なので、何かとR氏に質問する。

『ゴルフは、日本語で何と言いますか』
『適訳がないのでやはりゴルフです』
『ステッキボーイが背負っているのは、
 折れた時の予備ですか』
『ステッキボーイ? 
 ハッハハ、あれは球を打つ場所によって
 色々変化したものが必要なので、予備ではありません』
『この綺麗な芝生にそんなに変化がありますか』
『山あり、谷あり、林もあれば砂場もありで大変な変化ですよ』
『時に、審判官が見ていないようですな』
『居ません。また要りません』
『では胡麻化しても解らんですな」
『解りません。しかし胡麻化すような者は
 ゴルフをやる資格が無いですから、いやしくも
 ゴルフをやる者は他人が見ていようがいまいが、
 断じて不正はやらんのです。
 だから審判官など必要ないわけですよ』
『ホー、そうですか。
 人間万事、かくありたいものですな。
 どうです、この神聖なる競技をゴルフなどと外国語で
 言わずに〈聖球〉と名付けるべきではないですかね。
 そして、これを大衆に奨励して、
 大いに普及させたいものですな』

 観戦後、H老人はR氏の指導でボールを打ってみた。しかし何度打ってもうまく当たらないので、こう言ったとか。

『これは実に不思議。刀で敵を斬撃するよりむずかしい。なるほど〈聖球〉にちがいない。凡俗には打てぬ』

 ざっとそんなハナシなのだが、含蓄があると思いませんか。

杉山 通敬(すぎやま・つうけい)
1935年生まれ、東京都出身。ゴルフダイジェスト編集長を経て、現在フリーのゴルフライター。主な著書に「ゴルフ花伝書」「中部銀次郎ゴルフの心」「中村寅吉 気のゴルフ」「ジャック・ニクラウスの魅力」「マスターズを創った男」などがある。

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