2000 DECEMBER vol.64
 最終日の朝。「知っているはずのグリーンだけど、私でも分からないよ」。そう、在原さんが口にするほど、グリーンは硬さを増していた。日本オープン開催決定から5年間。精根込めて作り上げてきたグリーンを前に、在原さんは感無量だったに違いない。
 朝の作業を終えたボランティアたちは、在原さんの待つ管理事務所に戻った。その顔はどれも晴れ晴れ。一つの仕事をやり遂げた男の表情だった。

 最終日の試合の幕が開いた。在原さんはこの日特に変わったアクションは起していない。 「もう何もすることはない。これだけグリーンが硬ければ、コースをいじらなくても、選手たちにとって勝利へのプレッシャーでさらにコースが難しく見えるものなんだよ」と余裕の笑みをこぼし、管理事務所でスタッフたちとテレビのブラウン管を通して、“罠”にかかる選手たちを観戦した。
 最終組ホールアウト。通算3アンダーで尾崎直道が堂々の2連覇を達成。その瞬間、在原さんはグリーンサイドで誕生したヒーローに声援を送っていた。
 「3アンダーだから、私の勝ちかな?!
“してやったり”だよ」と笑う在原さん。そして思わず、グリーンを降りた尾崎直道に近寄った。そして2人は固い握手を交わした。
 「直ちゃん、おめでとう!」
 「ありがとうございます」

 全く違う立場でありながら、同じ舞台で戦い抜いた2人の戦士が、互いに勝利した瞬間だった。
 20世紀最後の日本オープン。優勝スコア通算3アンダーで幕を閉じた。
 11月に入り、鷹之台CCはいつもの姿に戻った。「みんな、きれいに刈っちゃったよ」と在原さんは笑った。どことなく、全身力が抜け、言葉には日本オープン開催中の緊張感は消えていた。
 在原さんは11月中旬、海へ出かけた。5年間見続けた緑の世界ではなく、青の世界へ。別世界へでかけることで、これまで5年間、タクトを降り続けていた“日本オープン”という長い狂想曲に終りを告げた。
 いつも、在原さんの片腕となって動いていた吉国課長がふっと言った。「日本オープンの後がまた大変なんですよ。この時の姿がお客さんたちの頭に焼き付いていますから。お客さんの期待を裏切ることはできません。これからも365日、自然との戦いですよ」と。

 これからも、在原さんと自然の戦いは続く。日本オープンという最高の舞台を演出した経験は、在原さんの“力”を別の次元に引き上げるかもしれない。すでに在原さんのタクトは新たなシーズンに向かって、ゆっくりと動き始めている。


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