JGAとは 競技 ナショナルチーム 規則・用具 ハンディキャップ ジュニア リンク
HOME
Championship [本選競技]
競技会トップ
フルリーダーボード
ホールバイホール
ホールサマリー
ホールロケーション
組合せ・スタート時刻
気象状況
競技報告
出場選手
競技概要
観戦案内
TV放映
フォトギャラリー
歴代優勝者
主な記録
本選競技日程
Championship Reports
競技報告
【小林伸太郎のラッキーを活かしたチップ・インで劇的な初優勝を飾る】
第5日 競技報告:西澤 忠 写真:Gary Kobayashi
勝負を決めたチップインバーディ
長いマッチだった。日本一のタイトルを争う1対1の熱戦が27°以上の気温、南風も2.7㍍程度で湿度が高く、蒸し暑い空気の中でいつ果てるともなく続くのだから。
“中年の星”で初の決勝戦を迎えた田村尚之(賀茂CC)は、準決勝の永野竜太郎(東北福祉大)戦でも、延長5ホールを戦っており、ギャラリーから「田村選手はゴルフがよほど好きらしい。1ホールでも多くプレーしたがるから」と囁かれたほど。
この日の決勝戦でも、36ホールを終わって決着がつかず、またも延長ホールに突入。最終的に勝負がついたのは5ホール目、田村が永野を下した因縁のホールだった。ただし、勝利の女神が微笑んだのは試合前には“東北福祉大のダー
チップインバーディでハイタッチ
ク・ホース”といわれた小林伸太郎(泉国際GC)の方だった。トータル41ホールでの決着は1929年(昭和4年)武蔵野GC六実コースでの大会以来の延長最多ホール数。36ホールの後半戦18ホールが午後12時15分にスタートして、終わった時間は5時40分、じつに5時間25分に及んだのだから。
しかも、1954年(昭和29年)開場の愛知CC東山コースは都会の真中、牧野ヶ池緑地にあり、徳川時代はお狩り場だった丘陵地。尾根の間をフェアウェイが上下してうねるので、500人近いギャラリーはロープ外を歩くのも大変だった。
優勝した小林伸太郎は試合後、「この試合は予選から幸運に恵まれました。その最大のラッキーが最後の5番ホールでした」と実力以上にラッキーに恵まれたことを強調した。
それは445ヤード・パー4のゆるく左に曲がるホールで、ラフに挟まれたフェアウェイが右傾斜するので、左目にティ・ショットする戦略を求められる。距離の短いホールでは滅多にドライバーを使わない“レイアップ(刻み)作戦”の小林がドライバー・ショットを右に押し出し、OBラインの潜む林の中に消えたように見えた。しかし、競技役員のセーフの合図で、「木に2回当たり、フェアウェイ側のカート道路にも跳ねてラフに出てきたと聞き、完全なミス・ショットが助かった!と思いました」。まず、これが一つ目のラッキー。
残り200ヤードの距離を5番アイアンで打つと、これが砲台グリーン手前25ヤードのラフ。
相手の田村選手は左ラフからの第2打をグリーン左奥に外している。そして、小林の第3打は打った瞬間、誰もが“強すぎる?”と感じたはず。しかし、ボールは1バウンドした後、ピンの立つカップに姿を消した。チップ・イン・バーディ!
「歩測して25ヤード、上り傾斜なので60°サンドウェッジを強めに打ちました。入った瞬間は興奮して、キャディさん(大学先輩の花山大輔)とハイタッチしていました。でも、粘り強い田村さんのことだから、もしや入れ返すかも?と思って、42ホール目に進んだら僕に勝ち目はないと思っていました。でも、ラッキーの連続でした」と語った。
群馬県出身の20歳、小林は大学3年生だが、2004年の日本ジュニアに優勝している。その後、東北福祉大に入ると、「先輩のプレーを見るとレベルが高く、僕の技術・マインドでは駄目だと痛感、体力をつけるランニングや練習、レッスン書やビデオで勉強しました。この日本アマ・タイトルを取ったことで、少しは僕も成長できたかなと思います」と謙虚な姿勢を見せた。
なにより、「石川遼君のおかげでこの大会はTV中継や大観衆も生まれ、ゴルフ人気が高まったのですから彼に感謝したいし、僕もゴルフに恩返しがしたいです」とスマートなコメントを残した。

第5日目の選手インタビュー(動画)は、<こちらから>
第5日目のフォトギャラリーは、<こちらから>

その他の記事はこちら
戻る
ホームJGAとは競技ナショナルチーム規則・用具ハンディキャップジュニアリンクサイトマップ個人情報保護このサイトについて利用規約