- 3月1日平成23年度第1回理事会を開催し、専務理事に永田圭司が就任。永田専務理事は事務局長を兼任。
また、事務局機能を強化するために、永田専務理事(事務局長)の下、運営本部(塩田良運営本部長)、企画本部(延原和良企画本部長)、管理部を設置した。
- 3月11日東日本大震災が発生。東北・関東地区に甚大な被害をもたらし、数多くの尊い人命が失われた。 津波被害による原発事故も重なり、福島県内では避難措置が取られるなど、被災地では今なお厳しい生活を余儀なくされている。
日本ゴルフ協会では、この年の日本女子アマチュアゴルフ選手権(大洗ゴルフ倶楽部)、日本アマチュアゴルフ選手権(利府ゴルフ倶楽部)の開催コースを震災の影響を鑑み、日本女子アマを宝塚ゴルフ倶楽部・新コース、日本アマを三好カントリー倶楽部・西コースに変更した。
また、女子プロツアー競技は、震災直後から4試合が開催中止となるなどの影響があった。
- 4月4日日本ゴルフ協会をはじめとする日本ゴルフ関連20団体は日本ゴルフ界合同震災復興支援チャリティープログラムに取り組むことを発表。「震災復興支援グリーン・ティー・チャリティー~日本のゴルフが、日本のチカラに~」のスローガンの下、募金箱の設置やチャリティーグッズの販売などの支援活動に取り組んだ。
日本ゴルフ協会では、主催競技に「震災復興支援グリーン・ティー・チャリティー」を冠し、競技会場での募金活動を行ったほか、主催オープンゴルフ選手権競技の賞金の5%を賞金獲得選手から赤十字社へ寄付を行った。
また、各ゴルフ場においても独自の支援活動に取り組み、被災地の1日も早い復興のための活動に日本ゴルフ界が一致団結して取り組んだ。
- 4月8日~11日ゴルフの祭典といわれるマスターズにおいて、前年に日本開催となったアジアアマチュア選手権で日本選手初優勝を果たして出場した松山英樹が初出場ながら通算1アンダーパーで全体の27位タイとなる大健闘をみせ、日本選手初となるローアマチュアを獲得した。
- 9月22日~25日日本ゴルフ協会、パナソニック株式会社、アジア太平洋ゴルフ連盟が主催する「アジアパシフィックオープンゴルフチャンピオンシップ パナソニックオープン」が琵琶湖カントリー倶楽部栗東/三上コースで開催され、平塚哲二が通算8アンダーパーで本選手権初優勝を果たした。
- 8月17日~20日中国・深センで開催されたユニバーシアード競技大会において、松山英樹が個人戦金メダル、藤本佳則が同銀メダルを獲得する活躍をみせ、男子団体戦で日本チーム初となる金メダルを獲得した。
- 9月29日~10月2日第44回日本女子オープンゴルフ選手権競技が名古屋ゴルフ倶楽部で開催され、厳しいコースセッティングと風の中で熱戦が繰り広げられ、馬場ゆかりが通算12オーバーパーで本選手権初優勝を果たした。なお、馬場の優勝スコアは、2001年に室蘭ゴルフ倶楽部で開催された第34回大会の島袋美幸の通算14オーバーパーに次ぐものとなった。
- 9月29日~10月2日第44回日本女子オープンゴルフ選手権競技が名古屋ゴルフ倶楽部で開催され、厳しいコースセッティングと風の中で熱戦が繰り広げられ、馬場ゆかりが通算12オーバーパーで本選手権初優勝を果たした。なお、馬場の優勝スコアは、2001年に室蘭ゴルフ倶楽部で開催された第34回大会の島袋美幸の通算14オーバーパーに次ぐものとなった。
シンガポールで開催された第3回アジアアマチュア選手権で松山英樹が通算18アンダーパーで大会初となる連覇を達成。本選手権の優勝により、翌年のマスターズと全英オープン最終予選の出場資格を得た。
- 10月13日~16日第76回日本オープンゴルフ選手権競技が鷹之台カンツリー倶楽部で開催された。
優勝争いは裵相文と久保谷健一とのプレーオフに持ち込まれ、1ホール目でパーをセーブした裵が日本オープン初優勝を果たした。
- 10月27日~30日第21回日本シニアオープンゴルフ選手権競技が広島カンツリー倶楽部・八本松コースで開催され、室田淳が通算4アンダーパーで芹澤信雄を1打差で振り切り、本選手権初優勝を果たした。
- 11月10日~13日静岡県の太平洋クラブ御殿場コースで開催された三井住友VISA太平洋マスターズで松山英樹が通算4アンダーパーで日本プロツアー史上3人目となるアマチュア優勝の快挙を成し遂げた。
本選手権は、第1、第2ラウンドが悪天候のためサスペンデットとなり54ホールに短縮されたが、松山は最終ホールでイーグルを奪い、並み居るトッププロを抑えての初優勝となった。